人生に関わることの練習──声の地層を信じる
「わかる」「わからない」
どちらも簡潔で便利でついつい使ってしまう言葉です。でもいざ言われる側になると、「そんなに簡単にわかるわけないでしょ」と反感を覚えたり、「そんな5文字で終わらせないでよ」と突き放されたような印象を抱くのではないでしょうか。それを踏まえてもなお、「わかる」でも「わからない」でもないアプローチをするのは難しいです。
小沼理さんの新刊『共感と距離感の練習』(柏書房)はまさにこの「わかる」と「わからない」のあわいを捉え、(自分も含めた)他者との距離感を手探りで測っていく思考と実践の書で、このタイトルにピンと惹かれる方は多いのではないでしょうか。この本を読んでいて非常に印象に残った言葉があります。
「人生に関わるからこそ、私は怯んだ」
性的マイノリティとして周囲との違和感を抱えながらも順応させて生きてきた小沼さんが、同性婚訴訟のうねりのなかで、今まで自分にはないものだと片付けてきた「結婚」という選択肢が目の前に現れたときの心境を綴った言葉です。自分の人生を左右するかもしれないものが立ち現れたとき、やはり怯みます。あるいは、自分の言動が他の誰かの人生を左右してしまうかもしれないとき、同様に怯みます。一層強く怯むかもしれません。
「社会を動かし、権利を勝ち取ろうとする運動には、見て見ぬふりができない力があった」
小沼さんを怯みから一歩踏み出させたのは、周囲の人たちの声であり、過去の人たちの生でした。あとがきにはこのように綴られています。
「歴史と人々の声を信じることで可能になった」
この言葉を読んだとき、瀬尾夏美さんの『声の地層』(生きのびるブックス)のことが頭に浮かびました。瀬尾さんも共感と距離感の実践者です。
瀬尾さんは東日本大震災でボランティアをした際に、ただその場所にいて話を聞いたり沈黙を共有したりするということにも意味があることを経験し、そしてそうした語りの場の豊かさを発見します。以来、さまざまなところで語らいの場をつくり、語られた体験を語り継ぐ活動をされていますが、瀬尾さんの姿から受け取るのは「人生と関わることの喜び」です。
集って語り合う機会も少なくなり、隣の人との距離感すらも測りにくくなるなかで、人生に関わることの練習が必要になっています。小沼さんと瀬戸さんの実践から、「怯え」から「喜び」へのステップを踏み出したいと思います。
【登壇者プロフィール】
瀬尾夏美(せお・なつみ)
アーティスト、詩人。1988年東京都生まれ。土地の人びとの言葉と風景の記録を考えながら、絵や文章をつくっている。東日本大震災のボランティアを契機に、映像作家の小森はるかとのユニットで活動を開始。岩手県陸前高田市での対話の場づくりや作品制作を経て、土地との協働を通した記録活動をするコレクティブ「NOOK」を立ち上げる。現在は江東区を拠点に、災禍の記録をリサーチし、それらを活用した表現を模索するプロジェクト「カロクリサイクル」を進めながら、“語れなさ” をテーマに旅をし、物語を書いている。単著『あわいゆくころ――陸前高田、震災後を生きる』(晶文社)、『二重のまち/交代地のうた』(書肆侃侃房)、『声の地層――災禍と痛みを語ること』(生きのびるブックス)、共著に『10年目の手記』(生きのびるブックス)、『New Habitations: from North to East 11 years after 3.11』 (YYY PRESS)。
小沼理(おぬま・おさむ)
1992年、富山県出身、東京都在住のライター・編集者。著書に『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』(タバブックス)。5月にはじめてのエッセイ集となる『共感と距離感の練習』(柏書房)を刊行。
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