
「物語」と聞けば、脳裏に浮かぶのは、素晴らしいフィクション作品の数々──小説、ドラマ、漫画、映画──でしょうか。しかし『物語化批判の哲学』が扱うのは、現実世界に満ち満ちている「物語」です。
子ども、障がい者、闘病中の患者、性的マイノリティ……社会との葛藤を抱える個々人の「美談」は、人びとの共感と涙を誘う一方で、ときに「感動ポルノ」として、当事者を苦しめる。
人々に憧れを抱かせ、「推し活」経済を活性化させる、アイドルやインフルエンサーの「キャラクター売り」は、そのキャラと「解釈一致」でない行動をした途端、アンチの餌食、バッシングの対象になる。
短時間に自分を知ってもらうために有用な、就活面接での自己PRや仲間内での「自分語り」は、往々にして言語化も図式化もできないからこそ尊い人生のかけがえのない瞬間を、取るに足らない何かに変質させてしまう。
感動したい。他者と気持ちでつながりたい。勇気づけられたい。
「物語」の特徴である、わかりやすい「起承転結」や「キャラクター化」は、足りない時間をかき集めるようにして生きる私たちの、実存を賭した切実な願いに応えてくれます。
けれども、誰か、あるいは自分の人生を「物語化」することは、願いの強さに比例して、「登場人物」にされた人たちの心を深く傷つけ、呪ってしまうことがあることを忘れてはいけない。
そんなメッセージが本書には込められています。
より完璧な物語で自身を守るのもひとつの手かもしれません。
けれども「何者かになれ!」という言葉の海のなかで溺れかけている人がいるのならば、それは批判されるべきものであるはずです。
さまざまな学問のあいだを縦横無尽に行き来する美学者・難波さんが、物語以外の「人生の遊び方」もありますよ、と、読み手を軽やかに「遊び」へと誘います。
今回、対談のお相手としてお招きするのは、『人類の会話のための哲学』『バザールとクラブ』『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす』といったご著作を通じて、他者と生きることの難しさ、そして芳醇な味わいに向き合ってこられた、哲学者の朱喜哲さん。
朱さんがご研究されているローティという哲学者は、主著『偶然性・アイロニー・連帯』のなかで、「アイロニー」、すなわち自分自身を(何度でも)語り直すこと、「再記述」に開くことを重視しています。
朱さん
の著作をお読みになられた難波さんの、「これは公園(公共空間)とおうち(私的空間)の遊びの話かもしれない」という直感からはじまる時間。
朱さん、そしてローティは、この「直感」にどう応答するのでしょうか。
人生を、もっと自由に遊ぶために。
誰かと共に語らいながら生きることと、自由であること。
両者の関係性を探りあてようとする大胆な対談です。
【登壇者プロフィール】
難波優輝(なんば・ゆうき)
1994年、兵庫県生まれ。美学者、会社員。立命館大学衣笠総合研究機構ゲーム研究センター客員研究員、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発実装センター訪問研究員。神戸大学大学院人文学研究科博士前期課程修了。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。著書に『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社現代新書)、『SFプロトタイピング』(共著、早川書房)、『なぜ人は締め切りを守れないのか』(堀之内出版より近刊予定)など。
朱喜哲(ちゅ・ひちょる)
1985年、大阪府生まれ。哲学者、大阪大学招へい准教授。大阪大学文学部卒、同大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。また研究活動と並行して、企業においてさまざまな行動データを活用したビジネス開発に従事し、ビジネスと哲学・倫理学・社会科学分野の架橋や共同研究の推進にも携わっている。著書に『〈公正フェアネス〉を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)、『バザールとクラブ』『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『NHK100分de名著 ローティ「偶然性・アイロニー・連帯」』(NHK出版)など。
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